オフサイド~偶然と故意の間の深淵~

人類の進化は手と脳の発達の相乗効果によるらしい。手で道具を器用に操ることで脳が発達し、またその果実として高度な道具を手にすることができた。言語もその一つである。
サッカーという競技は、キーパー以外フィールド内で手を使用することを禁止する。この人類の進化に逆行するかのような規則は、洞窟生活時代の野蛮への回帰とも映る。
手の使用禁止に加えて、もう一つある理不尽な規則がオフサイドである。目指すべきゴールの前方に埋設された堀のように、“待ち伏せ禁止”という条件付きのプレイ禁止エリアが用意されている。
ゴールを狙うアタッカーは、前方へと飛び出したくなる衝動を抑え込み、ボールが放たれるのを辛抱強く待ち構える。焦りと宥めの葛藤に打ち勝たなければ、ウラを取るチャンスは約束されない。結局このジレンマの根本には理不尽な規則があるのだ。
しかし逆にディフェンダーにとってはこれが好都合な武器となり、アタッカーを撥ね返しあるいは罠に嵌める手段となる。ゴールへと殺到する敵を追い落とす陥穽である。
 
ディフェンスラインは凹凸のないように、きっちりとそろえておく。ギャップがあると、アタッカーはその空間の距離だけ斜めに走ってタメを作れる。ギャップが大きければ大きいほど斜行するトンネルは長くなり、それはパサーとレシーヴァーがタイミングを合わせる間を延ばすことを意味し、助走距離も伸びる。当然ウラを取られる危険性はより高まる。またギャップはウラを取られたディフェンダーにとって、オフサイドの反則があったとの勘違いを引き起こす原因となり、結果自分がマークすべきアタッカーへの対応を鈍らせる。さらにギャップが最終ラインのディフェンダーの死角を増大させ、アタッカーには彼らの背後に隠れる塹壕を与えることになる。
最終ラインに窪みが全くないと、アタッカーは助走がヨコ方向にしかできないため、タテ方向90度にしかオフサイドゾーンに侵入することができなくなる。さらに最終ラインのディフェンダー全員にとってアタッカーの動きが見えやすくなり、オフサイドラインを突破する瞬間が露呈しやすくなる。
 
オフサイドトラップとは最終ラインの上げ下げのことではない。オフサイドゾーンのポケットに取り残されたアタッカーに向けて、ボールホルダーにパスを出させることだ。具体的にはオフサイドラインを一気に上げたタイミングで、ボールホルダーに素早くプレスをかけて、ボールを放させるのだ。オフサイドゾーンに取り残されたレシーヴァーへ のパスかハイボールを、プレスによってボールホルダーに強いるのだ。オフサイドラインを一気に上げる際、オフサイドラインの底にいるディフェンダーは、それぞれのマークすべきアタッカーを確認し、オフサイドトラップに失敗したときのために警戒しなければならない。ボールホルダーの近くにいるプレイヤーは、素早くボールホルダーへとアプローチして相手の時間と余裕を奪わなければならない。プレスこそが敵を蟻地獄へと引きずり込むカギなのだ。
個人(複数人)技によるオフサイドトラップはシンプルである。パスが出る一瞬前のタイミングを狙って駆け上がり、オフサイドラインを引き上げる。ギャップによって生じた谷間に迷い込んだアタッカーを、一時的にオフサイドゾーンに置き去りにするのだ。意図的にギャップを作り、そこにアタッカーを誘い込むのは危険で墓穴を掘ることになりかねないが、偶々そういう状況が生まれた場合はオフサイドトラップに挑戦してみよう。タイミングさえ間違わなければ、戦術として一人(複数人)でオフサイドの反則を成立させられる。
「一度でも成功すると快感に沼!でも穴には注意」