サッカーの基礎理論〈終〉

身体能力と判断力
 
世界最速の男がなぜプロサッカープレイヤーになれないのか。世界記録を叩き出す肉体の持ち主が、なぜプロサッカープレイヤーとして活躍できないのか。彼が100メートル先にあるボールを追えば、10秒後には彼の足元にあるはずだ。これは驚異の身体能力だが、ゲームにおいて、実際には発揮されないだろう。それはなぜか。
瞬発力、走り方、相手との接触などの問題が、彼の走力の発現を妨げる可能性はある。しかし根本的な問題が他にある。それは予測能力の不足のことである。サッカープレイヤーは実戦において、次の瞬間に起きる状況を予測しながらプレイする。目の前の相手のプレイを推測し、ときにはその心の中を読みながら、先回りしようと準備する。そうやって後の瞬間に起こる危機を察知し、チャンスを待ち構える。
ゲーム中、彼が10メートル先のボールを追う一瞬前、プロサッカープレイヤーは彼の走路の10センチ前を先行しようとする。彼が1秒後の世界でのボール奪取を競い出す時、彼らはその0.1秒前既に勝負を始めている。競争相手が動き出す0.1秒さらには0.2秒前に予め動き出し、ボールへの優先権を掌握できるか争っているのだ。ルーズボールの争奪戦においても、始動する早さと正確さを競い合っているのだ。
全体の状況を把握し、ゲームの流れを読み、マッチアップする相手プレイヤーの特性を見極めて、次に行うべきプレイを先制して始動する。0.1秒前の瞬間を常に意識しながら、最も効果的なプレイをいち早く選択する。判断力を養うことで、的確なポジションを確保し易くなり、誰よりも素早くボールへとアプローチできる。結果的に、素早く正確な判断が身体能力の差を無化してしまうことになるのだ。
サッカーをよく知ることで判断力は磨かれ、‘‘気の利いた’’、攻守にカギとなるプレイが可能になる。サッカーを誰よりもよく知るプレイヤーは、とてつもなく大きなアドヴァンテージを得ることになる。