触ることの本能と触らせないことの理性の相克

特にヘディングにおいて、それ以外の体の部位でも同じことなのだが、遠くへ飛ばすことが無理だったりコントロールすることが難しかったりするとき、強引にボールへ触りに行って結局こぼれ球を相手に拾われるよりも、あえて触らないでおいてその上で体を張って相手にボールを触らせない方が良い場合がある。ヘディングの競り合いに勝つことは特にセンターバックのステイタスを上げるような見方もできるが、ゴール前でなければ多くの場合ヘディングによるパス等でビッグチャンスまたはピンチが生れることはまれで、むしろ自分のヘディングのミスやヘディングをされた後の処理の遅れまたは不備によって重大な結果を招くことがある。ヘディングの競り合いゆえに体のバランスを崩しルーズボールへの反応が遅れ、際どいプレイを強いられるのであれば、ヘディングはある程度自由にさせておいてリバウンドを確実に狙いに行く。そのための準備に専念するのも一つの手であり、相手にはジャンプをさせて自分は地上に足を付けたまま留まり、次のプレイの用意に早々と取り掛かる方が良い場合もままある。

相手より先に一歩でも前へ一瞬でも早くという気持ちは、サッカープレイヤーの本能のようなものであり、決して失ってはならないマインドではあるけれども、頭を冷静に保ち前頭前野を働かしながらいかなる結果に導くべきかを想像しまた緻密な計算の上に行動を選択する。相手の本能すらも駆け引きの材料として利用すべきだし、次に起こることを予測することはボールにいち早く触ることより大抵優先度が高い、と言えば理性の勝利とも取れるのか。

以前ロングフィードされたボールをヘディングで処理しようとして急いで後ろに退くと、力いっぱいヘディングされても下がりながらであれば遠くへは飛ばせないと腹積もりした相手にセカンドボールを狙われた。そこで大きく体を反らして頭を強く振り、思いっきり遠くへ飛ばすフリをしてすっと体を沈めた。ボールは髪の毛を掠めて前方から後方へと頭上を通り過ぎていった。後ろを振り返るとキーパーがボールの行方を追って小走りで向かっていた。前に向き直ると口をあんぐりと開けた相手と目が合ったが、体は身構えたまま微動だにしなかった。彼との距離は10m少々あった。

下手な人ほどボールに触りたがる。自分がコントロールしているボールと自分がコントロール可能なボールを区別させなければいられない。触らなくても自分の支配下にあるボールをあえて触りに行く徒労に夢中になり、自分よりボールから遠い位置にいる相手の存在に怯えてボールを突く。突いて安心しようとするが、その後どうするか準備ができていないままボールが気になって頭を下げて視野を失い、また不安に苛まれる。ボールに触ることよりもまだしもボールを相手から隠し、相手に好きにプレイさせないように体をぶつける方が良いこともある。

無理にヘディングしようとして頭だけ出すと、顔を守ろうとして無意識に手が出る、そうやってつまらないファウルを取られる。それならいっそヘディングの競り合いを避け、セカンドボールの奪い合いにどうやって素早く移り、相手より有利な状態に持ち込むかに注力すべきだろう。ゴール前のヘディングシュートや折り返しを除けば、広いフィールドの真ん中であえて競り勝つ必要もなく、やりたいようにやらせたところで、パスするかトラップするかで臨機応変に対応は変えなければならないが、大勢には影響がない。

大事なことは大抵その後なので、触ることの先後はその次に行われるプレイがどれだけ決定機を演出し得るのか、どれほどのリスクをはらんだものとなり得るのか、これらのことを防ぐ手段として先にボールを触ること以外に方法がないのであれば、前進全霊をもってボール奪取へと挑まなければならないが、なるべく体を寄せてパスコースを限定してやれば、ボールを触らなくても相手のプレイを阻止できることはよくある。ボールを流して味方の応援を待ったり、ラインを割るのを見送ったりもできるのに、慌ててやみくもに触りに行くのが最もリスクの高い選択かもしれないのだ。体のバランスを崩し次の動作が遅れがちになると、ボールコントロールのミスも起こり易くなり、その直後が最も危険で、相手も自分も狙いどころは同じくミスなのだ。ボールを触ることよりもその後しっかりと保持できるか、できないのであればどのようにして相手にプレイさせないか、または相手がボールキープした瞬間にどれだけ素早く強くプレイを制限できるかを考えなければならない。

ただし、理性的であることの大切さをここまで説明してきたのだが、この理性を口実にして相手との闘いから逃げてはならないのはもちろんのことだ。