マンツーマンディフェンスは戦術か否か推敲する

エリアに拘泥せずディフェンダーが一人の相手プレイヤーをマークし続けることをマンツーマンディフェンスと言う。

『基礎理論』の中でマンツーマンディフェンスについては一度も言及しておらず、隔靴搔痒の感を抱かれる方もいるかもしれない。理由は単純で、考察モデルの設定としてプレイヤー全員の身体能力・技術・経験が同じことを仮定しているからである。この条件下でフルコート・マンツーマンディフェンスを導入したゲームをシミュレイションすると、互いにゴールを奪えないか、各チームが順繰りにゴールを分け合うかの二者択一の結果しか得られない。ゆえにマンツーマンディフェンスを俎上に載せることはなかった。

ゴール前でのフリーキックコーナーキックの時等、狭い限られた範囲でのマンツーマンディフェンスは頻繁に見かけるが、フルコートでは珍しい。あるいは特定のプレイヤーにだけフルコート・マンツーマンディフェンスし続けることは昔(40年前)から見られたが、フルコート・オールフィールドプレイヤー・マンツーマンディフェンスは稀だ。これらの現象が意味することは何か?

例えゾーンディフェンスといえども、自分の担当エリアに侵入して来るプレイヤーを捕まえることを目的として守備ブロックを敷くのであって、ディフェンダーはゾーンの内側でただ突っ立ていても仕方ない。担当エリアの内部に侵入してきた相手プレイヤーとミクロ的に正しいポジションで対峙して初めてディフェンスと呼べるのだ。とどのつまりは「人を捕まえる」ことが重要で、それぞれの立ち位置のスタートポジションとしてブロックを組織すのがゾーンディフェンスである。よって狭い限られたエリアの中では責任を明確化し、それぞれが予めマークすべき相手プレイヤーを決めて追い回すマンツーマンディフェンスが効果を発揮する。誰が誰を追跡するかやスペースもエリアも考慮する必要がなく、決められた相手プレイヤーだけを封じることに専念すればよいので守備が機能しやすい。また1人ないし2人の相手プレイヤーに対するフルコート・マンツーマンディフェンスの場合も、ゾーンディフェンスのディフェンダーのスタートポジションが周囲との相対的関係によって決まってくるのに対し、こちらはマークすべき相手プレイヤーとの絶対的関係のみに留意してミクロ的に正しいポジションを取れるので最適なスタートポジションを能動的に選択することが常時可能となる。つまりマンツーマンディフェンスとはマクロ的視座を捨象してミクロに照準を合わせる守備の方策と言える。

欠点としては、マークを担うディフェンダーのマクロ的ポジションを決定する上で相手に支配的地位を与えてしまうことだ。マクロ的な見方を放擲する以上必ず起こることだが、マークすべき対象が自由に移動することでディフェンダーはピッチのどこへでも誘導される羽目になる。マンツーマンディフェンスが徹底すればするほど、攻撃側にとっては返って好みの局面を生み出しやすくなる。ピッチの中のプレイヤーの工夫次第でディフェンダーは受動的に操縦され、守備の混乱を簡単に引き起こされるかもしれない。

またフルコート・オールフィールドプレイヤー・マンツーマンディフェンスは、個々のプレイヤーの実力が拮抗しているならまだしも、明らかに個人の力量に差があるとき破滅的な結果をもたらすだろう。1対1等のある局面において一方的な支配が行われ、それを繰り返すとき、同一条件下ではその局面を打開することが不可能だからだ。個人の能力に顕著な違いがある場合、劣位のチームはこれを作戦として採用すべきでない。

そこで考えられる対策としてゾーンディフェンスのエッセンスを取り入れ、ある程度ライン(列)やレーンを念頭に置いたフルコート・マンツーマンディフェンスで、例えば2列目のプレイヤーは1列目のプレイヤーを追い越してまではマークすべき相手を追尾しない等の“縛り”を掛ける。そうすることで、最終ラインでの人員不足を回避することが期待できる。

マンツーマンディフェンスが昨今でも選択される理由として、最終ラインからのビルドアップしてくる相手チームに対して、戦術としての前線からのプレスを効果的にする一手段となっているからだ。フィールドプレイヤー全員に的確なマークが着くことで、パスを繋げるコースが相当限定される。よってキーパーがビルドアップに参加することを強い、無人のゴールを背負ってのボールコントロールを余儀なくさせる。完全には避けられないヒューマンエラーと神経をすり減らすような緊張を乗り越えなければ、ビルドアップを成功させられないのだ。他方、ディフェンスチームが引き受けなければならないリスクと言えば、ボールが相手陣深くにある限り、最終ラインで同数になり一人の余裕もなくなることだけである。しかしビルドアップが功を奏しボールが自陣深くに侵入して来ると、その時は大きなスペースで同数のディフェンダーで守備をする憂き目に遭うことになるが・・・。

結局マクロ的視点を欠いた戦術はありえないのだから、マンツーマンディフェンス自体は戦術というよりは、方策・方便である。ただしゾーンディフェンスの要素を取り入れながらマンツーマンディフェンスを併用することは可能であり、積み上げ可能な地平としてのプレスや守備の戦術となりうる。しかし眼光紙背に徹するごとくピッチを見つみればマンツーマンディフェンスは、ある相手プレイヤーに対して一人のディフェンダーが守備をしやすくするという工夫であり手段であって、1対1のミクロな守備の問題に究極的には還元されるのだ。