サイドチェンジの効用(2023年秋)

『天使のシュートと悪魔のパス』の中で、パスには一本一本それぞれに価値があることに言及した。プラスの価値のパスもあればマイナスのもあり、一連のものが積み重なって得点なり失点なりにつながると考えられる。そこでは特にタテパスの重要性を強調することに主眼を置いていたが、ここではヨコパスによってサイドを広げることの効用について色々指摘する。

まず単なるヨコパスでも右から来たボールを折り返して右へパスするよりも、逆にその延長線上の左方向へパスする方が価値は高い。これは一般論でなく原則である。

右から来るボールをちゃんと受けるためには既に右側の視野が確保されているはずで、さらに左方向へ蹴るためには左側の視野が必要となる。来たのと逆方向にパスをするためには、少なくとも200~300度の視界がなければ正確なパスをつなぐことはできない。周囲の状況を広く把握するためにも逆サイドを常に意識して‘’首を振る‘’ことが大切で、パスするかどうかに拘わらずできる準備はしておくべきだ。単純に視野を広げることが第一の効用である。

次に逆方向へ蹴れるのであれば折り返しのパスを出すための姿勢も取れるはずで、これも逆方向へ体を向ける準備を常にしておけば順方向へ体勢を戻すことはさほど難しくはない。ディフェンダーの存在を無視して考察すれば、例えばボール速度が極端に遅く右方向に迎えに寄らなければパスを受けられない場合、左方向へ体を反転させながら蹴ることはかなり窮屈な体勢を強いられる。しかし右方向へは体を90度捻るだけで正面になりスムーズに蹴りやすい。要は左方向へ蹴れる体勢が作れるということは、右方向には蹴れる体勢がすでにできていたかできているといえる。パスを受けるときにはいつでも‘’体を開いて‘’後ろへ振り向く準備をしておくべきだ。ボールを蹴る体勢の観点で逆方向は順方向を兼ねることが第二の効用である。

またマクロ的視野で考えるなら、右にあったボールホルダーの位置がパスによって左へと移動することで、ディフェンダーはポジションの修正を迫られる。数歩の微調整であったり大幅なスライドであったり、ボールの移動距離に従ってポジションを変えなければならない。究極的には右サイドの端から左サイドの端までボールが移動したとき、それに対応するために最大の移動距離を走ることをディフェンダーは求められる。守備のために走らされることは自分の欲求に反し心理的肉体的にダメージが大きいとも言われるが、横方向のスライドはちょうどボクシングのジャブのようにディフェンダーを疲弊させ出足を鈍らせることになるかもしれない。ディフェンダーの望まないランニングを強いることが第三の効用である。

この原理から導き出せる結論として、横幅いっぱいサイドライン上までボールを運ぶこと‘’ラインなめ‘’には価値がある。そこから逆サイドへ早くボールを持ち出せれば、サイドチェンジの振り幅が大きくなるからだ。サイドバックがオーバーラップを掛けてサイドを駆け上がるときそこへパスを出す‘’使う‘’ことは、単なるサイドアタックということを超えて最大限振り幅を広げるお膳立ての効果がある。

チーム戦術として同一サイドで個人技や瞬間的な数的有利を作って細かいパスワークでサイドアタックをする場合があるが、これはワンサイドに拘る以上タテへの強い指向性があって初めて成立する。ディフェンスがワンサイドに集結する前あるいは散在した瞬間を狙って最終ラインの突破を目指す。ボール争奪戦の接点が単純化するので、利点としては攻撃の戦術の理解しやすさであり、ネガティブトランジッションへの準備のしやすさが生じるのだ。

しかしこのタテへの強い指向性とヨコへの可能性が組み合わされば、ディフェンスへの負荷はさらに上げられる。複雑性は、それをコントロールできれば攻撃側に有利に働く。タテへの指向性を維持しながらも、それが強引であるならば逆サイドへのヨコの指向性を発揮することでサイドチェンジは成立する。タテが無理ならヨコ。ヨコパスするなら逆方向。右から来たものを左に受け流す。

サイトチェンジはスライドを強いられるディフェンダーの目先を変え、マークをずらしたり、守備ブロックを弛緩させたり、味方の逆サイドのアタッカーに呼吸を整えるゆとりを与えたり、言わばゲームの景色の模様替えの意味もある。

 

  夏暑かりし 涼風の 紅葉狩り