高校サッカーとフィジカル

ここでは何かの論争に結着をつけようということではなく、論点整理のようなもの。簡単に言えば、高校サッカーにはどの程度のフィジカルトレーニングが必要か、ということ。実際には個人差が大きいことなので、それぞれのプレイヤーが判断することなので、確定的に言い表すことはできない。体格や戦術に合わせて、必要な筋肉や持久力を身に付けるというのが適切だろう。

よくテクニックの○○高校対フィジカルの××高校のような描かれ方をするが、テレビ的演出であるならばかまわないと思うが、あたかも二項対立であると誤解を与えるならば間違いである。テクニックとフィジカルは両立するし、むしろ相乗効果を発揮することもある。

練習に関しても、テクニックを向上させるだけのメニューといえばリフティングくらいで、これも工夫をすれば筋力アップにつながる。フィジカルトレーニングにしてもウェイトリフティングやダッシュやランニングの陸上競技のトレイニングメニューでなくとも、ゲームの実戦においての方がより効率的に必要な体力の向上が期待できる。

ただ昔からテクニックもないプレイヤーに吐くほど走らせて、つまらないフィジカルトレーニングを繰り返させるということが行われてきた。今は科学的な視点も取り込みながら効果的なトレーニングがされているようだが、ではサッカーに必要十分な時間や量はどのくらいなのだろう。チームによって異なるのは当然だが、それは部の伝統によってか、目指すべき戦術によってか、何によって変わるのだろうか。

ここで指摘しておきたいのは、例えばテクニックに関しては、これだけ練習すればもう十分だということはないだろう。サッカーという球技の特性上、ボールを扱うテクニックや1対1に勝つ術を磨くことに終わりはないだろう。プレイを続ける限りその精確さや上手さは、いつまでも必要十分ということにはならない。(昔はドリブル、今はフリーキックなど、磨くところは変化するかもしれないが。)現実にゲームではそれが不十分でも、今ある能力で戦うしかないのだが、ボールを思い通りに蹴る喜びは失われることはないはずだ。

それに対してフィジカルの方はどうだろうか。100mを10秒で、マラソンを2時間ちょっとで走れれば素晴らしいことだが、そこを目標にするべきだろうか。100キロのバーベルを上げることが、サッカーにとってどれほどの意味があるのか。できないよりできた方が良いが、その労力を別のもっと有意義なものに振り分けられないか。特に高校生活は有限なのだから。

このイメージが当たっているかよくわからないが、フィジカルに強いこだわりを持って取り組むチームはプロ的指向で、反対にテクニックは成長重視指向なのだと思う。プロの世界では当然、フィジカルトレーニングにも妥協は許されないだろう。やるときは、体と相談しながらではあろうが、究極の肉体を手に入れるつもりでトレーニングに取り組まねばならないだろう。飽くなき追求はテクニックばかりでなく、フィジカルにも及ぶはずだ。

だから前者を追求するチームはプロ的指向と言える。ただしここではプロになることを目指しているということではなく、そのやり方を真似しようとしているという意味だ。他方後者は、サッカーの楽しさに焦点を当て、できないことをできることに変えることで成功体験を積み重ねさせ、自己実現の価値を感得させる。チームの中で、個人の日々の成長を重視しているはずなので、成長重視指向と言えるのではないか。

もちろん両者が目指すべきはチームの勝利であり、どちらが正しい姿勢だとかは言うつもりはない。しかし、これらの指向を選ぶのはおそらく指導者なので、チーム作りの指針を決めるときに一考の時があってもよいかもしれない。ほとんどの高校生はプロになるわけではないので、だからこそプロ指向なのか、それならば成長重視指向なのか。

それでも十代の三年間、あらゆるエネルギーをサッカーに注ぎ込めるなら、それこそが彼らの幸せだと信じる。