パスを受ける

ずぶのずぶの素人に向けてパスを受けられる仕組みについて説明する。これは本来言葉で表すようなことではなく、「習うより慣れろ」の次元のことであるが、サッカー未経験の人のためにあえてしてみる。

なぜ動き続ける受け手にボールをパスすることができるのか。広いピッチの上で必ずしも一定でない速度・方向・コースで移動する味方へ、どうやってパスを通すのか。出し手と受け手の意思疎通はいかに可能となるのか。止まっている味方の足元へのパスであれば理屈は簡単である。足に目掛けてボールをぶつければよいだけである。しかし動き回る受け手が1秒後2秒後になぜある一地点を通過することが分かり、そこでボールを受けてさらに別の場所に運ぶことを予見できるのか。これらのことは一見するだけでは分からないかもしれない。ゲームの目まぐるしい流れの中で、パスの出し手と受け手がお互いの考えを理解し、息を合わせてパスを通すにはどのような手続きが行われているのか不思議に思われるかもしれない。まさか何時何分北緯何度東経何度と事前に打ち合わせできるわけではない。

例えば3メートル先にボールを出してほしいと口で伝えることはできるし、それを指先で指し示すこともできる、実際にそうすることはよくある。しかしそういう具体的な指示がなくてもパスが通ることもよくある。またこの場合、ボールが欲しい位置は伝えられるがそのタイミングは伝わらない。多くのプレイヤーが走り回る中で、正確に何秒後に指示した場所に到達すると自分でも簡単に把握できるものではない。ではどうやってパスを受ける場所と時間を、二人のプレイヤーが共有することができるのか。

まずイニシアチブをとるのは実は受け手の方なのだ。これを意外に感じられるかもしれないが、パスの受け手が出し手にボールを要求しているのだ。愛犬が飼い主の投げたボールを拾いに行くように、出し手が蹴ったボールに反応しているわけではない。そういうことも全くない訳ではないが、スムーズなパスの交換が行われる場合、次にプレイをする受け手の側がイニシアチブをとる方が合理的なのだ。

受け手が出し手にパスを要求する。言葉や身振りが伴うこともあれば、そうでないこともある。動きながらボールを受けるとき大事なことは動き出すことだ。つまり動き出す方向と速度によって、1秒後2秒後に通過し得るポイントを出し手に伝えるのだ。受け手がボールを受けたい位置へ目指して移動し始めることで、それを察知した出し手は受け手の通過地点とパスの通過可能なコースの交差点を探索する。そこにはおそらくスペースが存在して、パスを受けた後にプレイできるはずの場所があるはずだ。出し手はそのスペースを見つけ、タイミングを計りそこへボールを配給する。移動は必ずしも直線的とは限らなく、蛇行しても構わない。上手くいけば、出し手は受け手とアイコンタクトして狙いのスペースにタイミングよく蹴り込む。

動きながらボールを受けるメリットは、ディフェンスにパスの的を絞り難くすることだ。立ち止まったままボールを受けようとするとパスコースを読まれ、ディフェンダーにパスカットを狙われ易くなる。ディフェンダーに前へ出られて受け手が影に隠されてしまうと、パスコースは限定され、的は小さくなってしまう。動きながらであれば完全にパスコースを消されることはまずない。またオープンスペース(デイフェンダーがその先にはいない地域)であれば、ミドルないしロングパスの際多少狙いとはずれたとしても、受け手が走る速度を調整したり走るコースを湾曲させたりしてパスに合わせる余地が発生する。

パスは犬のボール遊びではない。受け手が主体的に始動して自分の次のプレイエリアを指し示す。そしてルックアップ(顔を上げて周囲を見回す)したボールホルダーがそれに反応してボールを送る。パスコースはグラウンダーかディフェンダーの頭越しかいくらか考えられるが、最適な手段を発見し持てる技術を発揮して蹴り込むのが出し手の役割だ。ドリブルをしながらでも顔を上げて、味方の動き出しを細大漏らさず見逃さない。受け手の突然の要求にも即応できるのが良いパサーであって、自分が次にするプレイスペースを発見して逸早く走り出せるのが良い受け手なのだ。